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【アラベスク】  第13章 夢と希望と未来



第2節 進路相談 [9]




「見てたよ」
「見てなかった」
 言い張る相手に聡は瞳を閉じる。
「見てなかったつもりでも、見てたんだよ」
 諭すように言われると、なぜだか反論できない。(かたく)なに否定するのが子供じみているようで、聡に幼稚だと思われるのは癪だ。
「考え事してたのが、たまたま瑠駆真の方を見てただけじゃない?」
「じゃあ、何考えてたんだよ?」
 今度こそ、美鶴は返答に窮した。
 進路の事? 母親の生い立ち?
 霞流さんの事?
 どれも聡には言いたくない。
「別に、聡には関係ないでしょう?」
 ぶっきらぼうに言い放つ。
「だいたい何? そんな事を聞きにわざわざこんな夜中にやってきたワケ?」
 馬鹿じゃないと言いたげな相手の口調に、聡はそれでも食い下がる。
「だってさ、二人だけで話できる時なんて無いだろう?」
 学校ではそんな時間は皆無だし、放課後は駅舎で団欒。メールや電話はほぼ無視されてしまう。これでは二人だけで話をしようにも、機会が無い。
「お前が電話やメールを無視するから、こんな事をするハメになるんだ」
 まるでお前が悪いと言われているかのようだ。美鶴もムッと言い返す。
「だって仕方ないでしょう?」
「何でだよ?」
「話たくないんだもん。メールもしたくない」
「どうして? 俺が何かしたか?」
「何かって」
 言い澱む。全身が火照(ほて)るのを感じる。
 抱きしめられた力強さ。唇の温かさ。

「好きなんだ」

 床に押し倒された時の重み。

「キスして」

 掃除道具の黴臭さに混じる、纏わりつくような蒸し暑さ。
 何か、されっぱなしだよ。
 思いながら、それを口にはできない美鶴。一方、黙ってしまった相手の態度に、聡がゆっくりと口を開く。
「今日はさ、なんにもしないから」
 それでも答えない美鶴に、聡が早口で重ねる。
「本当に、本当になんにもしないから、だから出てきてくれよ」
「嫌だ」
 短く答え、聡がそれ以上言う前にインターホンを切ってしまった。
「美鶴っ」
 慌てて呼ぶ聡の背後で、人影が動く。振り返る先で管理人の不審げな視線。
 聡は結局その場を去るしかなかった。
 悪いのは俺なんだよ。それはわかってるんだ。
 トボトボと歩きながら、冷えた空気に身を震わせる。
 冬だ。街ではクリスマスなんていうイベントを盛り上げようと、あの手この手で人目を引く。だが今の聡は、それらに心躍らせている気分にはなれない。
 駅舎で唐渓の進路指導の方針にグチりながら、美鶴の態度が気になっていた。
 向かい合う瑠駆真と美鶴。こちらの話に無言で耳を傾ける瑠駆真とは対照的に、美鶴はほとんど上の空だった。生物の教科書を開いてはいても、まったく見てはいなかった。
 じゃあ、何を見ていたのか?
 瑠駆真を、見ていたワケではないのか?
 だが、見ていなかったと言い張る美鶴の主張を、聡は素直に聞き入れる事ができない。
 美鶴を救ったのは瑠駆真だ。
 その事実が劣等となって聡を襲う。
 瑠駆真は、中東の王族だと言う。だから美鶴にあのようなマンションも簡単に与えられる。美鶴を支えているのは瑠駆真だ。美鶴を助けることができたのも瑠駆真だ。
 一方、俺は何だ? 義妹(いもうと)が迷惑を掛けた上に、俺は何もできなかった。した事と言えば、好きだと喚いて抱きしめてキスをして――――
 激しく頭を振る。
 だって仕方ないじゃないか。好きなものはどうしようもないんだから。
 だが、聡には瑠駆真に勝るものは何もない。何もないと、聡は思っている。
 このままでは、きっと美鶴は瑠駆真を好きになってしまうかもしれない。ひょっとしたらもう好きになりはじめているのかもしれない。
 そう思うと、勉強も何も手につかなかった。
 駅舎でぼんやりと瑠駆真へ視線を送る美鶴。時折、頭を振っては何かを振り払おうとしている仕草。
 ひょっとしたら美鶴は、瑠駆真への想いを意識しはじめて、それに戸惑っているんじゃないのか?
 メールをしても電話をしても、何の反応もしてこない美鶴。
 ひょっとしたら美鶴は、瑠駆真とは頻繁に連絡を取り合っているんじゃないのか?
 いてもたってもいられなくなった。我慢なんてできなくなって、来てしまった。そうして結局、追い返された。
 いつの間にか駅に着いた。切符を買い、それでもモタモタと改札をうろつく。だが、次の電車が終電だ。乗り遅れれば帰れない。
 仕方なくホームへ向かった。
 車内は、終電のワリには混んでいたが、座れないことはなかった。少し酒臭い。金曜の夜だ。そういう輩もいるだろう。
 できるだけ誰からも離れて座る。俯いて、寝たふりをしてみる。
 俺は、どうすれば良かったんだ。
 思えば、中学の時からそうだった。美鶴が失恋した時、聡は気の利いた言葉も掛けてやれなかった。

「仕方ねーじゃん」

 そんな言葉しか言えなかった。今思えば嫉妬だ。美鶴が他の男に惚れていたという事実に腹を立てていたのだ。
 俺以外の男になんて惚れるなよ。そんなの早く忘れちまえ。
 美鶴がどれほど傷ついていたのか、全く考えてはいなかった。
 唐渓に転入して美鶴に再会して、それでも聡は優しい言葉も掛けてやれなかった。

「お前、まだひきずってんの?」

 言われた美鶴がどう受け止めるかなど考ええもせずに言ったあの言葉を、美鶴はどう受け止めたのだろうか?
 俺、美鶴を傷つけてんのかな? そんなつもりはないのに。







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